6 論文

(1)「アメリカ核戦略の変遷」
『帝国学園紀要第15号』平成元年12月25日、185-204頁
アメリカが終戦直後の核の独占状態を外交的に上手に活用できなかったのは、実際に対ソ攻撃を実行するには原爆の数、爆撃機の数などが少なすぎて、核の脅しに信憑性が十 分なかったためもある。大量報復戦略からSDIまでを概観しながら、核の脅しの信憑性とその信憑性を高めるために脅しを実行しやすくすれば、かえって戦争生起の可能性が増 大するという抑止戦略の矛盾は解決が難しいと説いた。 

(2)「個人と集団の合理性をめぐって-二人非零和ゲーム、特に囚人のジレンマの観点から‐」
『帝国学園紀要第16号』平成2年12月25日、175-185頁
囚人のジレンマからの脱出を、利他主義者の定義などの条件設定を変えながら試みたが、いずれもうまくはいかない。ただし、無限回の繰り返しゲームの中で、忍耐強くしか も寛容に非協力的な相手の協力を求める場合に限って、長期的に成功する可能性があることがわかる。「半ばは他人の幸せを」が肝心である。

(3)「公共投資をめぐる日米構造協議のゲーム論的推測‐純粋戦略編」
『大阪私立短期大学協会研究報告集第28集』平成3年12月1日、47-52頁
日米構造協議における米国の当初要求と日本の対応を、二人非零和ゲームの観点から単純化した利得表を作成し、ゲーム論的な結果と実際の対応の相違理由を推測している。 そして、米国は交渉の難航を予測して意図的に強い姿勢を示し、日本が本来ならば拒否したはずの結果を、米国の強い姿勢にかんがみ日米関係維持の名目で受け入れたと結論 付けている。

(4)「公共投資をめぐる日米構造協議のゲーム論的推測‐交渉ゲーム編」
『大阪国際大学ワーキング・ペーパー・シリーズ』平成3年12月、1-13頁 
上記(3)と同じ交渉を、混合戦略も可能な交渉ゲームとして捉え、GNP比と総額明示の二つの戦略が可能として、日米の利得表を作成した。そして、両国の保証水準を求め、 交渉セット(negotiation set)を確定し、その領域のどの部分に結論が位置付けられるか明確にして、最後にいくつかの「公平解」と比較した。ほぼ「公平」といえる結果で あったと分析している。

(5)「ゲーム論的『公平』さから見た日米FSX交渉の決着」
『帝国学園紀要第17号』平成3年12月25日、191-201頁
日米FSX交渉における日米双方の当初の目論見と実際の結果の相違に着目し、利得表を作成する。そして、ゲーム論におけるいくつかの「公平解」と比較して、当初言われたほ ど日本側に不利な結論であったとは言えないと分析した。手法は上記(4)と基本的には同じ。

(6)竹内俊隆、松井三郎「インドネシア、マレーシア、タイにおける環境産業育成の可能性についてー人材の観点からー」
『環境技術』第22巻7号、平成5年7月、38-55頁
上記三国の環境関連の法・行政組織、高等教育、環境コンサルタント業について現地調査などを行った報告書である。法的整備と実態との乖離などを指摘しながら、高等教育 における環境教育の充実を中心に分析し、現状においてはマレーシアが良いが、量的側面を考慮するとインドネシアが最も良い条件下にあるとしている。 

(7)「インドネシアの環境関連法と行政組織」
『海外事情』第41巻12号、平成5年12月、68-86頁
環境関連法とその整備の歴史を記述した後、当時の環境基本法と行政組織に関して、わが国と比較しながら分析した。当時わが国で環境基本法制定をめぐって論議されていた 市民参加の原理や情報公開が、実態を伴わないが、法的には確立されていた点を強調した。

(8)「『時限付き』核軍縮提案と包括的核実験禁止条約の前文」
『大阪外国語大学アジア太平洋論叢』第8号、1998年3月31日、83-109頁 
インドがCTBT交渉の最終局面で提案した「時限付き」核軍縮案に関して、提案の時宜に疑問を呈し、またインドの検証・査察問題に対する立場と整合性にかけると指摘した。 その際、検証・査察問題の軍縮条約における重要性を強調した。

(9)「印パの核実験:インドの核実験実施命令の分析と核実験の法的位置付け」
『アジア太平洋論叢』第9号、1999年3月31日、73-100頁 
インドの核実験実施命令の歴史(中止を含む)を振り返った上で、今回の実施命令を「合理的行為者モデル」「規範モデル」「国内政治モデル」の三類型に基づいて分析し、 後者の二モデルが適用可能と分析した。また、この実験に対するCTBT要因説に、1995年の実験実施命令(中止)を例に挙げ反論した。印パ両国に対する明示的な法的規制はな いが、国連加盟国であることからくる緩やかな制約に言及している。

(10)「印パの核実験と地震波による検証:CTBTの検証体制不備説をめぐって」
『大阪外国語大学論集』第21号、1999年、177-194頁
インドが1998年5月13日に行った核爆発実験のうち、低威力の2回の爆発を感知した地震計は世界中でどこにもなかった(インド国内を除く)。そこから、CTBT検証体制不備説 が生まれた。本稿は、CTBTの検証体制は、地震波観測網だけではなく(しかも、完成時の体制とはほど遠い状態にあった)、放射性核種、水中音響そして微気圧変動の4種類 の技術的探知網の他、現地査察も可能であり、探知網は「疑わしい現象」を探知できれば良い体制になっているので、不備説は適切ではないと結論付けている。

(11)「インドの核ドクトリン草案-最小限抑止概念の明確化と印中先制不使用条約締勧め」
『アジア太平洋論叢』第10号、2000年3月31日、179-196頁
インドが最小限抑止と先制不使用を中核とする核ドクトリンの草案を発表したが、最小限抑止にとどまらずかなりの核戦力を追求する可能性があること、中国に対する信憑性 のある「報復」戦力が当面不可能であることを指摘した。その後、インドが中国の先制不使用政策を全く信用しないと同様に他国もインドの不使用政策を信用しない可能性が あり、中国と先制不使用条約を締結すれば、その懸念を払拭すると同時に、インドの対中脅威感も減衰すると論じた。

(12)「北朝鮮の核実験は『失敗』なのか-爆縮型核実験の技術的困難さ-」
『アジア太平洋論叢』第16号、2006年11月30日、139-158頁 
北朝鮮が平成18年(2006年)10月にプルトニウム型核実験を実施した。予定した4Ktの威力よりも少ない1Kt程度であったと推定されているが、そのため今回の実験は「失敗」 であったとの説が多く見受けられる。本稿は、北朝鮮が実施したと見られる核爆縮型実験の技術的困難さを説明し、より実験が困難な小型で、しかも少なくともある程度の威 力が得られたことは、かなりの技術的水準にあると評価してもいると論じた。

(13)「クリントン政権のNMD政策―ABM条約と戦略的安定性を中心に―」
『国際公共政策研究』第13巻、第1号、2008年9月、53-68頁
クリントン政権下で立案されたNMD配備計画とABM条約の齟齬に焦点を当てながら、その齟齬を軽減(解消)するために同政権がロシア側に提案した追加議定書草案やロシア側 と合意に達したデマケーション合意を吟味・検討した。そして、MADからMASへの移行期間における戦略的安定性の確保の困難さや重要性を指摘した。

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